先週末はマカオへ。年頭のソウルに続く、ギャンブル遠征だ。金曜夜に現地入りし、日曜朝に発つという弾丸ツアー。例によって観光は一切なしである。
着くなりカジノへ。ブラックジャックで勝ち、明け方3時間の仮眠。翌日は大小とルーレットで大負けし、歯を食いしばってドッグレース場へ。
ここはレートが低く、人生をあきらめたオッサンたちの吹き溜まりである。マカオ競馬と南アフリカ競馬の場外発売も兼ねており、弟子が600倍を獲ると、皆が拍手喝采。「あんたが一番っ」みたいなことを言っている。ほんま、どうしょうもないオッサンたちだ。
犬のほうは単勝1倍台の本命犬が勝ちまくる最悪の展開。騎手も乗っていないのに堅く収まるから不思議である。いつもボロ勝ちするのに、今年はスッカラカンだ。
カジノ場に引き返し、そのまま出発直前まで打ち続けて何とか戻し、家で死んだように寝る。自分が一番どうしょうもないオッサンなのであった。今週は馬である。
サッカーのW杯で全敗した北朝鮮代表が、帰国後に処罰されたという報道を受けて調査していた国際サッカー連盟が、今週、そんな事実はなかったと公式に発表した。選手らは次に向けて練習中で、炭鉱送りと噂された監督も無事だったらしい。
ボクが放送局の連中に確認した時も、炭鉱はスポーツ選手だらけで、みな体力があるから作業がはかどっていると言ってたが、ウソ教えるなよ。
ま、さすがにそんな時代錯誤な処罰はなかろうが、失敗したら自分で自分に厳罰を科すという考え方は、馬券において実に有効であると思う。
昔、馬単の19万馬券をニアピンで獲り損ねてのたうち回るボクを見た娘が、「あ~あ、パパ、痛いなあ。19万も払わなあかんのん」と言いよったことを思い出す。幼い娘は、払い戻しの金額を、負けた奴が払う過怠金だと思っていたのである。
以後ボクは、そう思って馬券を買っている。娘の豊かな発想のお蔭で気合が入ったのだ。空回りはしてるけど。
しかし、暑いわ。岐阜では37度とか、どこそこでは47度とか、テレビでいちいち言うなと言いたい。何が面白いのか。余計暑なるだろ。天気予報官もそうだ。「明日も暑いです」。プロがくだらんこと言うな。誰でもわかる。
先週も場外の帰りにタクシーに乗ったら、前にいたバイクの後部座席の女が、運転する男にベッタリ抱きついてやがるのだ。暑い暑い。運転手にクラクション鳴らしたれと命じたら、ほんまに鳴らしよってちょっと怖かったが。
うちの事務所では暑い時に「暑い」と言ったら即、罰金である。当たり前のことをのうのうと言うような奴に放送作家が務まるわけがなかろう。この罰金が1回5000円と高額だけに、バカにならんよ。結構貯まるのだ。それで共同馬券を買うのである。先週はクイーンSを買い、アプリコットフィズが抜けて外れた。暑い時ぐらいスカッと荒れてくれんかな。
「罰金馬券」はうちの夏の風物詩。皆さんの会社でもぜひどうぞ。
なかなか太っ腹な記事を目にした。味冨久というラーメンチェーンの大阪・住之江本店で30代とおぼしき男が食事をし、1620円しか食べてないのにポンと帯封付きの百万円を置き、「子どもに食べさせたって」と言い残して立ち去ったというのだ。何で儲けはったか知らんが、豪傑なのである。
店側も粋だ。言づてを守り、子どもたちに1540杯ものラーメンをタダで食べさせたというのだ。いい話である。
真似したろ。ボクは今まで、3連単の一千万馬券を一度、700万馬券を二度、ニアミスで獲り逃がした経験がある。ちょっとしたことだったのだ。要するに、手にするのは時間の問題なのである。当てて大口窓口から飯屋に直行だ。2、3束ポンと叩きつけ、「子どもに食べさせたって」。いいなあ。「子どもに食べさせたって」。格好よすぎる。「子どもに…」もうええか。
ただ、今年の夏競馬も大不振。我が子すら食べさせていけるかどうか大変不安なのである。
今、名ばかり高齢者が急増中である。もしかして「長寿国日本」なんてのは、真っ赤なウソかも知れんぞ。
ミイラになってた人なんか、年金マシンとしてご活躍されていたわけである。金の成る木ならぬ「金の成るミイラ」。ミイラが一家の大黒柱だったりするのだ。恐ろしい話である。
オグリキャップを弔うイベントの記事に触れ、ある意味、感動した。競馬界の至宝を皆で送り出すのは素晴らしいことであり、馬だからと軽く扱うのは間違いである。
そう考えると、人間、しかも肉親を弔わず、死亡届けも出さずに金をネコババしてる奴など最低であり、そんな奴こそ、ろくな死に方をしないだろう。
自分の場合も、ちゃんと送り出してもらえるのか非常に不安である。「家族に散々迷惑かけやがって、あの世で競馬しとけっ」と、棺桶に専門紙やらサンスポやらをぎっしり詰め込まれるかも知れん。死んでからも馬券で苦しむなんて、それはまさに地獄である。
国の推計では、今、15歳から39歳までのひきこもりが69万人。恐ろしい数字だが、みんな牧場に行けばいいと思う。主な仕事相手が、人ではなく、馬だからである。
但し、少しの間、馬術部に在籍した経験から言わせてもらうと、大変は大変である。まず、寝ワラの悪臭。次に、蹄に詰まった土をこそぎ取る作業が辛く、馬の下に入る感じで怖い。そして、辞める決め手になったのは馬房の前を完璧に掃除した直後に、そこで大量の小便をされたことだ。もう腹立って腹立って、ひきこもってやろうかと思ったほどである。
それでも、与えた飼い葉を喜んで食べる姿を見ると、こっちも嬉しくな る。何と言っても、育てた馬が新馬戦でも勝とうもんなら、大変な喜びだろう。ワケ分からん新馬の馬券に手を出してボロ負けした記憶なんか吹っ飛ぶはずである。
数学者によると、1億以上の当たりを4回出す確率は18×(10の24乗)になるんだと。甘い計算だなあ。これは奇跡でも偶然でもないのだ。
ポイントは、女がどんな買い方をしてるかという点。コロガシているかも知れないではないか。300円分買う人より、3000万分買う人のほうが1億円を当てやすいのは自明の理である。つまり、一度大金を手にした人は、大金を仕留めやすくなるという「正のスパイラル」を享受できるのだ。金がある所に金が集まるのは、理論上、当たり前である。
ボクも当然、百万前後の馬券を獲るたびに超多点張りでガンガンいく。しかし、瞬く間に金が溶けるのだ。なぜボクだけ公式通りにいかないのか、本当に謎である。
予想の瞬間が世界中で生中継されたり、決勝でドイツの負け予想が当たってしまったことで、「的中したことは誠に遺憾」と水族館側が謝罪の声明まで出したのは実に愉快な話である。こういうくだらないことで騒ぐって、何かしら平和でいいのだ。
釣りが趣味なので詳しいが、魚類などは赤が好きで、ボクは仕掛けに赤いパイプやビーズ玉をビラビラ付けてライバルに差をつけている。タコが赤系が強い国旗を選んだと言えなくもないが、的中確率は256分の1。予言ダコに間違いない。
かつてボクも、釣ったタコを飼っていた。水槽内でスミを吐かれてえらい目に遭ったが、また飼育して予言ダコに調教したいと思う。軸馬の選択に迷った時、2頭の勝負服を貼った箱を沈めて決めてもらうのだ。たとえ裏目に出てもタコのせいにできるのは、精神衛生上、大変なメリットである。
多くの種牡馬を牧場に訪ねたが、オグリの所には2度行った。往年の名馬もかわいいもので、若草を手に合図を送ると皆寄ってきて、ボクの手からムシャムシャ食べる。しかし、素知らぬ顔で毅然と立ち尽くす馬が1頭だけいた。それがオグリである。威厳を失わず、ボクのような小物は相手にしないのだ。
悔しいので隣の柵との狭い隙間から忍び寄ってタテガミを撫でると、しぁないなあこいつという顔をしつつも微動だにしない。名馬であった。
競馬ファンはボクのようなBO(ビフォア・オグリ)世代と、AO(アフター・オグリ)世代に分類できる。まさにオグリは、競馬文化の節目となった名馬なのである。
連闘で2着に来たJCにはショックを受けた。「疲れた」などとボヤくと、オグリに「何じゃい」と笑われそうだ。だからボクは、毎週休まず馬券を買うのである。どれだけ負けようが。
驚くのは、イギリスのブックメーカーが、あれをゴールと認定したことである。「誰が得点するか」部門で、あのシュートを打ったランパートに投票した人に払い戻しを行ったのだ。これにより、ある賭け屋では、数千万の持ち出しになったそうである。
さすが賭博の本場というべきか、この太っ腹な判断に頭が下がる。筋が通っていて公正である。
日本にも太っ腹で筋を通す胴元がおり、それは競艇だ。フライング選手の舟券は買い戻され、代わりに、当該選手はこっぴどい罰を受ける。
頭がカタいのは競馬である。大出遅れに落馬、レース中の疾病に落鉄などが主催者持ち出しによる買い戻しになれば、ファンは激増し、結局は競馬産業が潤うのに。
ボクの軸馬が4回連続出遅れ中だから言うわけじゃないんだけど。